平良港近くにある、
宮古島のかつての豪族の墳墓群を見に行った。
15〜16世紀に宮古島を支配していた、
「仲宗根豊見親(とぅゆみゃ)の墓」、
仲宗根豊見親の三男「知利真良(まら)豊見親の墓」、
そして一門の後妻をまつる「アトンマ墓」の、
3つの墓が、平良港から上がる坂の中腹に、
残されている。
仲宗根豊見親は、
宮古島の歴史でもっとも重要な人物で、
琉球王国の中山(ちゅうざん)に対する、
八重山や与那国の反乱制圧に貢献し、
以後、一門が代々,
宮古島を支配することになったのだという。
さすがは宮古島一の有力者だけあって、
石積みの、立派な墓である。
「仲宗根豊見親の墓」 |
「知利真良豊見親の墓」 |
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